本文へスキップ

同じモンゴルキジが原種でも、日本キジは、里鳥と言われ山裾の里や河川敷に棲息し人懐こそうなゲームですが世界で一番難しく奥の深いゲームと言われています。

電話でのお問い合わせはTEL.090-1574-3000

〒780-0818 高知県高知市宝永町8−27

エルフュー系統の基礎知識ElHEW POINTER

犬舎主ロバート・G・ウィール(Robert G. Wehle)(以下ボブと呼ぶ)の横顔

◆ ボブ(初代米国エルフュー犬舎主)の少年時代の大好きだったヒーローはルーサー・バーバンク(カリフォルニア
  の有名な植物ブリーダー)・
チャールス・ダーウィン(種の起源の著者)・そしてグレゴール・メンデル(エンド
  ウ豆で実験したオーストリアの遺伝学者)だったそうです。
◆ ボブは
水耕法と言う言葉が生まれる前に十代でドイツやアジアや遠い場所等から珍しい種子を集めて水耕栽培を行
  っていました。
◆ ボブが初めて本格的に動物を使った繁殖は
1,930年代終わりに大流行していたギンギツネ(Silver Fox)の繁殖
  を
9才で開始して大成功しました。
◆ ボブは大学を卒業すると同時に商業ブリーダーにとって多くの点で非常に好ましい
ミネソタNo1を原種として手に
  入れ、何頭かの斑点のあるポーランドチャイナ豚及び古いヨーロピアン・ランドレース豚と交雑を重ね、赤身で長
  い胴の枝肉を生産する目的と採算を考えて小食で市場最高価格の豚を年間約
400匹以上の繁殖に成功しました。
◆ ボブはこの間ずっと、ポインターのケンネルを持っていて、そのプロジェクトで活発に核心を追求していました。
◆ ボブはホルスタイン乳牛の血統や重要な雌の系統を2年間猛烈に勉強と研究を行い畜産と繁殖について出来る事を
  全て学び自宅近くの酪農場を手に入れて群を集め始めて
10年間かけてニューヨーク州で経済的をも重視して小食
  で最も高い脂肪を生産するホルスタインの群を
30,000頭以上持つ事に成功しましたが人工授精技術の進歩と共に繁
  殖の魅力が無くなり、1,954年の秋に群を競売にかけ、ホルスタインの繁殖プロジェクトを終了しました。
◆ ボブは競走馬のサラブレットの血統を純化するために、偉大な競走馬ネイティブ・ダンサーのハンサムな息子ムー
  ビング・ターゲットを候補にして、ネイティブ・ダンサーの孫娘にムービング・ターゲットを交配してまあまあの
  成功を収めました。
  ボブはアラバマで自己流のトレーニングを行いました、それは魅惑的であるが非常に骨の折れる任務でした。
  不運にも犬(エルフューポインター)で試みたように馬の系統を純化するには、犬で試みたよりもはるかに多くの
  時間がかかり、
50年間の犬の繁殖と同じ結果を達成するには200年間馬の繁殖をする必要があるのでボブは非常に
  成功した年があり、群を売却するよい時期だろうと決断し、1982年に、私たちはSaratoga Fasig-Tipton Saleの競
  売で78頭を売り払いました。
  売られた若い馬の1頭はウインと命名されて偉大な競走馬で、彼は
3年立て続けにニューヨーク州のホース・オブ
  ・ザ・イヤー
となり、新しいオーナーのために140万ドル当時の為替レートで5億一千百万円)を稼いで、全国
  のトップ・ホースの1頭になりました。
◆ ボブはこの9年間、スコッチ・ハイランド・キャトル(牛)の小群を繁殖していました。
  この牛は、スコットランド北部地方を起源とする非常に古い系統で長年にわたって、それらは世界のその一部で厳
  しい気候条件に適応するために進化し、大量の皮毛、一般的に非常に丈夫で、雪中で食物を捜すことができ従順で
  美しいスコッチ・ハイランド・キャトルは、ヘンダーソン近郊によく適合しました。彼らの肉がまったくの赤身な
  ので、現在脂肪の大理石模様を減らすために普通の牛の種類と交雑されていて数年前には非常に高く評価されてい
  ました。
◆ ボブは十代のときから闘鶏を飼っていました。アーサー・ペイン博士から数羽の原種の鳥を手に入れました。
  博士はレキシントン・ジェークの娘でジェークズ・ベッツィー・ロスの姉妹のアンド・ゼン・ジュリアのオーナー
  であり、それはエルフュー系に非常に重要でした。ボブは闘鶏にたいして持つ大きな魅力を完全には理解できて居
  無いが祖先の非常に多くがそれらを飼育していたので、我が国初期の歴史の一部としてそれらを見ています。
  生まれつき、闘鶏の雄(ゲーム・コック)は威厳のあるカリスマを備えた大変気品のある貴族的な鳥で、しかも蹴
  るのが非常に美しく、セーター・ホワイト(Sweater Whites)、ハッチ、グレーおよび数羽のクラレットを含むいく
  つかの系統を飼っていました。
  クラレットは友人のノースカロライナ・モックスビルのポール・ウォーカーが数年前に貰ったものでした。
  家禽の系統では、また野生の七面鳥を捕まえて飼育していました。たったの2、3世代でそれらの狡猾さは驚くほど
  静まりました。それらは現在、全く気楽に私たちの庭やケンネル・エリアを歩き回ります。
  私が2,008年米国エルフュー犬舎を訪問した時に其の七面鳥の系統に偶然お目に掛かり写真撮影が出来ました。
  l935年に始めた純白の伝書バトの同じ系統がいます、そして現在は白いコーニッシュ・バンタム(ちゃぼ)と白い
  オールド・イングリッシュ・バンタムの2つを交雑して脂肪のない鶏を生産しようとしています。
  これらの様々な繁殖努力を続けていたが、ボブが最初から突き進んでいたのは、決して中断することのなかった目
  標、良いポインターを繁殖することでした。これらの他の動物を繁殖した経験は学習プロセスに非常に貢献し、そ
  して可能な限り最良のポインターを繁殖するというボブの最終目的に明瞭な方針を作るうえで役立ちました。
◆ ボブが14才の時、1,935年スコットランドへビジネス旅行中の父親から土産物は何が良いかと尋ねられた。
  ボブはスコットランドで一番優秀なポインターの繁殖用雌犬をお土産に頼みました。
  父親は雷鳥猟テストを行うためにスコットランドのグラウス・ムーアで何頭かの雷鳥猟テストを行い一番優秀だっ
  たアオア系のジェム・オブ・ファーンをボブのお土産に輸入しました。
◆ エルフューポインターの基礎犬となったジェム・オブ・ファーン(
アオア系)です。
  ジェム・オブ・ファーンはモントローズ公爵のアオア系8頭の中の1頭アイル・オブ・アラン・フリートと母親の
  ローマ・オブ・ファーンの直仔で1,935年4月14日スコットランドのEJグループによって繁殖されました。
  ボブが14才の時にスコットランドへビジネス旅行中の父親から土産物は何が良いかと尋ねられたのでボブはスコッ
  トランドで一番優秀なポインターの繁殖用雌犬をお土産に頼みました。
  父親がスコットランドのグラウス・ムーア(Grouse Moors)で狩猟テストを行い一番優秀だったジェム・オブ・
  ファーンを輸入しました。
◆ ボブは1,936年15才でジェム・オブ・ファーンにイングランドのフランク・オブ・サニーローンを交配して繁殖し
  て基礎犬エルヒュー・ミッジが誕生しエルフューポインターの繁殖プランが開始されました。
◆ ボブは1,936年15才で繁殖プログラムを開始しました。
  そのときから長期的な繁殖プランが確立され、体構と心理的なスタンダードが採用されました。

※ 参考文献 ※
1,996年発刊Robert G. Wehle氏の著書「Snakefoot The Making of a Champion

エルフュー系ポインターの長期的な繁殖プランとは







エルフュー系ポインターの繁殖目的

・・・ただ今工事中です。


 

○○○○○○

・・・ただ今工事中です。


 

○○○○○○

・・・ただ今工事中です。

 
 

○○○○○○

・・・ただ今工事中です。

 
 


information

エルフュージャパン犬舎

〒780-0818
高知県高知市宝永町8−27
TEL.090-1574-3000
Mail:elhewkennel@hotmail.co.jp